【小値賀島】

京都に住んでいたはずのレイナは、小値賀島に仕事ができて
移り住むことになった。

「会わせたい人がいるんですよ。小値賀のジャイアン」
と紹介されたその人は、ジャイアンという風貌でもなく
書いたような下まつげがかわいい人だった。
島では目上の親しい男性に対して
名前に「あんちゃん」とつけて呼び合う。
小値賀のジャイアン、かずあんちゃんは
まだ会って間もない私に、いきなり魚をさばいて
食べさせてくれた。

「いさき、っちいうんよ。」
小値賀のいさきは、値賀咲(ちかさき)と名付けられ、ブランド品だそうだ。
さばいたばかりのいさきは、今まで食べたお刺身にはない甘さがあって
それはそれはおいしく、ペロリと平らげてしまった。
「魚と酒が好きだって言うんなら、大歓迎だ」と
かずあんちゃんは笑った。

島に向かう道中で風邪をひいた私は
島に来てながら、レイナの家でのろのろと寝てすごした。
朝9時過ぎに、かずあんちゃんが「起きれ」と
シイラのお刺身、塩漬けウニをのせたおにぎりを持ってきてくれた。
「朝はやっぱりご飯じゃないと、元気がでんとよ」。

まだ会ったばかりの人に
どうしてここまでしてくれるのか。
「俺は細かいことは聴かん。
けれども、島を好きだって言ってくれる人はみんな友達だ。
友達になれる人はすぐわかる」。


朝から酒飲んで、刺身食べて、ふとんで寝て
風邪のからだで、そんなふうにすごしたことはない。
なんにもしていないのに、お腹はすいて
よく寝ているのに、いくらでも眠れた。

こうして、誰かが何かをやってくれることを
ただひたすら享受するだけなんて
子供の時以来かも知れない。

祖父母が亡くなって以降、
私には故郷というものがないような気がしていたけれど
島は私にとって、「ただいま」と帰ることのできる場所になった。

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