【宇久島】2006年9月

レイナは、京都で知り合った友達。
京都の家では時々、イベントを催していて
ハープ奏者のオカベくんを招いてコンサートをした時に
久しぶりに遊びにきてくれた。
ハープの音を聴いて、
彼女が最近出入りしているという長崎県、
五島列島のなかにある宇久島でも
彼のコンサートをひらきたいと思いついたらしい。
何度か、オカベくんと会って話を詰めていく中で
それを実際、2006年の9月におこなうと言うので
私もいっしょについていくことにした。
あの時、そう決めたのはなんでだったのか
よく覚えていない。
きっと、とにかく行きたいと思ったのだ。

宇久島は、五島列島の中でも最北端。
キリシタン文化の残らない島だ。
平清盛の弟である平家盛が、壇ノ浦の合戦後、
この地に逃れ、宇久氏となったという伝説がある。
港周辺の集落を「平」というのはそういういわれがあるからか
と後から知った。


めぐみは、当時つきあっていた人の名前。
女っぽい名前だが、男だ。
私が五島に行くと言うので、ついてきた。
ほったらかしにすると、露骨にしょげ返り
かまうと尻尾をふって大喜びをする犬のような人だった。
しかも大型犬。

「天国にいちばん近い島」という旅行記のおかげで
ニューカレドニアはそんなキャッチコピーで呼ばれるが
宇久島は天国そのものだと思った。
9月ということもあって、海辺には誰もいない。
恥ずかしげもなく書くと、ふたりだけの楽園だった。
海は遠浅で、どこまでも青く
水面はきらきらと輝いていた。
こんな広い海で、自分たちだけが泳いでいる
というシチュエーションに胸が躍った。
調子に乗って泳いでいたら
バチバチという音を立てそうな、鋭い衝撃を肌に受けた。
はじめてクラゲに刺されたのもこの島でだった。
私が眉をひそめて佇んでいたら
私よりもめぐみの方が青ざめた顔して、飛んできた。

めぐみの職業はPAで、
ハープのコンサートでも音響役をかってでてくれた。
ハープの音はとても繊細で
生音が一番だけれど、広いスペースで聴くとなると
マイクを通すことが必要となる。
マイクを通すと、生で聴く音とはまるで違って聞こえてしまう。
それをできるだけ原音に近い音に調整するのがPAの役割だった。
コンサートのリハーサル時にはひどかった音が
コンサートの時には、生音と遜色ない音に変わっていた。
オカベくんのハープはもちろんすばらしかったのだけれど
彼の仕事っぷりにまずは目を見張った。
後からそういうと、「あたりまえでしょ、プロなんだから」と言いながらも
大型犬に押し倒されて、舐め回されかねない喜びようだった。

ずいぶんとしつこい男に想われちゃったなぁと
出会った頃は思ったのだが
この仕事っぷりにあてられて、私は彼とつきあうことにした。