つくる

こどもの頃に眺めていたお菓子の本

こどもの頃から、お菓子を作るのが好きだった。

私にとって、お菓子を作ることや料理をすることは
実験に近い。

計って
混ぜて
型に入れて
焼く

こう書くだけでも、科学っぽい。

個々の材料たちがあわさって、化学変化を経て
それまでとはまったく違うひとつのものができあがるのだから。

食品会社に勤めて試作を重ねた経験が
食べるものをつくることは科学なのだと感じる大きな要因だろうな。

 

 

小学生の頃は、同じマンションの7階に住むえっちゃんと
月に一度、おかしを作ろうと決めていた。
なにをつくったのか、いまひとつ覚えていないが
よく覚えているのはよもぎ餅。

学校からの帰り道、よもぎをみつけたので
「よもぎ餅を作ろう」ということになり、摘んで帰った。
帰宅して、母に言うと
母は微妙な顔をしながら
「よもぎはどこで摘んできたのか」と聞いた。

今でもよもぎを摘んだ場所はよく覚えている。
実家近くは、当時、まだまだ宅地造成も進んでおらず
竹林や畑もたくさん残るのどかな地だった。

とはいえ、ヨモギを摘んだ場所は畑のある畔などではなかった。
学校から帰る道沿いに小さな空き地があり、
その空き地に並ぶ立て看板と砂利の隙間に生えていたようなヨモギだった。

母は微妙な顔をしつつも
こども達が意気揚々と摘んできた草を無碍にもできず
おかし作りの本をとりだして、一緒に作ってくれた。

あれから何十年も経っているが、
母もこのときのことをよく覚えているらしい。
「犬のおしっこがかかってんじゃないかと思って、本当はイヤだった」
と言っていた。

 

よもぎ餅は、どんなふうにして作ったか、
またできあがりがどうだったか
まるで覚えていない。
多分、全くおいしくなかったんじゃないかと思う。

今から思うと、帰ってくるなり突然、
よもぎ餅を作ろうなどというこどもによく付き合ってくれたものだと思う。
今みたいに、レシピをネットで探すわけにもいかない時代、
よくおかし作りの本があったものだとも思う。

 

 

そういえば、おかし作りの本を眺めるのが好きだった。
今でもその本のことを覚えている。

繰り返し繰り返しなんども頁を繰った。
思い出すとにおいまで漂ってくる。
どこまでもノスタルジックな映像が流れる。

どら焼きの皮のような、うすく平たいケーキの横には
ワンボウルメソッドと書かれてあった。

フライパンへ流し入れた生地に火が入る。
表面にはぷつぷつと小さな穴があいている。
脳内でつくりあげて、食べていた。

 

 

どんな本だったかなぁとググり、記憶を辿ってみたところ
これだと思しき画像を見つけた。

 

そうそう、この写真だ。

もう50年前の本だけれど
写真を見るだけで、この本を見ていた当時の私に戻る。

あるもんだなぁ。
すごいな、インターネット。
ありがたし。

 

 

アマゾン古書で22,480円だった。

 

ところで、お菓子がつくれることに対して
「女子力が高い」と言ってしまうそのこころは?
男性のパティシエだってたくさんいるのに。

お菓子を作りたいという気持ちに性別は関係ないし
なにかをつくりたいという欲望は、女子の力ではなく
人の生きる力である。
サバイブ能力あるね、といわれると私はうれしい。

 


ABOUT ME
知詠
近畿大学農学部食品栄養学科卒業。研究テーマは「カビ」。卒業後は、食品会社で研究職。乳製品もどきを分析したり開発したりで6年半。1995年の阪神淡路大震災をきっかけに身一つでできることをしようとマッサージをはじめる。2001年アメリカ、エサレン研究所にてトレーニングを受け、ボディワークをはじめる。同じ頃にはじめた気功で「自然が先生」という教えに出会い、ひとのからだとこころのふしぎについて考えつづけている。2017年、子宮体癌4b診断。標準治療をはじめるのと同時に食事を見直し、あたらしい細胞をつくっていくためには食が土台だと体感。あらためて、「生きているとはどういうことだろう」をテーマにかんがえうごく場「空-くう-」を主宰。