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長岡花火

8月3日、新潟は長岡が故郷だという友人たちに誘ってもらい
長岡花火を堪能した。

 

公式サイトより引用する。

毎年華やかに繰り広げられる「長岡まつり」。その起源は、長岡の歴史に刻み込まれた、最も痛ましい、あの夏の日に発しています。

今から74年前の昭和20年8月1日。
その夜、闇の空におびただしい数の黒い影― B29大型爆撃機が来襲し、午後10時30分から1時間40分もの間にわたって市街地を爆撃。旧市街地の8割が焼け野原と変貌し、燃え盛る炎の中に1,488名の尊い命が失われました。

見渡す限りが悪夢のような惨状。言い尽くしがたい悲しみと憤りに打ち震える人々。そんな折、空襲から1年後の21年8月1日に開催されたのが、長岡まつりの前身である「長岡復興祭」です。この祭によって長岡市民は心を慰められ、励まされ、固く手を取り合いながら、不撓不屈の精神でまちの復興に臨んだのでした。

 

 

はじめにうちあげられた慰霊と平和の祈りの3発は、ことさらからだに響き渡った。

火薬によって彩られるこの色を、どうぞ花火というかたちでのみ見続けられますように
と祈らずにはいられない。

 

去年、たまたまつけたテレビで長岡花火がライブ放映されていた。
テレビで見ると今ひとつやなぁと思って消した。

一度でも実際にあの場を体験すると、自分で撮ったものだけでも飽き足らず
youtube画像を漁った。動画を見るだけで、あの時の体感が蘇る。

 


ABOUT ME
知詠
近畿大学農学部食品栄養学科卒業。研究テーマは「カビ」。卒業後は、食品会社で研究職。乳製品もどきを分析したり開発したりで6年半。1995年の阪神淡路大震災をきっかけに身一つでできることをしようとマッサージをはじめる。2001年アメリカ、エサレン研究所にてトレーニングを受け、ボディワークをはじめる。同じ頃にはじめた気功で「自然が先生」という教えに出会い、ひとのからだとこころのふしぎについて考えつづけている。2017年、子宮体癌4b診断。標準治療をはじめるのと同時に食事を見直し、あたらしい細胞をつくっていくためには食が土台だと体感。あらためて、「生きているとはどういうことだろう」をテーマにかんがえうごく場「空-くう-」を主宰。