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問うこと、言葉にすること

 

マツダミヒロさんの本をはじめて手に取ったのは一年ぐらい前。
本屋さんでこの本がぱっと目に入った。

 

グリーフケアを学んでいた時に、だれかの話を聞く時には
なにを、どのようにたずねるか、つまり質問するチカラが鍵だ
と感じてはいたものの問いを立てるのは難しかった。

哲学対話の場でも、「問いを発する」ことがまさに哲学であり、
それについていかに興味を持って、不思議だと感じられるか、
それを知りたいと思えるかが
他者への、自分自身への問いとしてあらわれるのだと感じている。

 

グリーフケアも、哲学対話も、本質は同じだと私自身は感じていた。
その本質はなにかというと、「自分の言葉で問い合う」に尽きる。

答えが大切なのではなく、問えること。

でも、その問いを立てるのが結構難しいんだよなぁ
と感じ続けていたところに出会ったのがこの本だった。

 

まさに。
しかも、ミヒロさんは「質問家」を名乗っている。
問いをたてることが職業になるなんて。

 

それから、ミヒロさんの発することをチェックしている。
「ライフトラベラー」とも名乗っており、その生き方は私にとって理想的だ。

 

 

最近出た新刊はこれ。

本を使って読書会をするための指南がこの本に載っており、
さっそく先日、友人たちと三人で場を設けることにした。

本を読んでなくても、読書会はできる。

パラパラとめくるだけでも、
すくいあげるキーワードがひとりひとり違って、
それだけでもおもしろい。

最後は、それぞれに質問をつくって、問いかけ合う。

 

なんとなく感じてはいるものの
なかなか意識の上に上がってこない想いを言葉にしていくプロセス。

言葉にできると、私の世界が変わり始める。

同時に、言葉にできないものの蠢きも感じる。

 

 

 

池田晶子の「14歳からの哲学」も「言葉」の章から始まっている。
「始めに言葉ありき」と新約聖書にもある。
しかし、言葉とコトバの根源を取り違えないようにしたい。

 

私をすくいあげたいと思う。
混沌の中から、うまれる私を。

いつも渦を描いている。

問うて語るとは、「私」という創世記なのだと思う。

 


ABOUT ME
知詠
近畿大学農学部食品栄養学科卒業。研究テーマは「カビ」。卒業後は、食品会社で研究職。乳製品もどきを分析したり開発したりで6年半。1995年の阪神淡路大震災をきっかけに身一つでできることをしようとマッサージをはじめる。2001年アメリカ、エサレン研究所にてトレーニングを受け、ボディワークをはじめる。同じ頃にはじめた気功で「自然が先生」という教えに出会い、ひとのからだとこころのふしぎについて考えつづけている。2017年、子宮体癌4b診断。標準治療をはじめるのと同時に食事を見直し、あたらしい細胞をつくっていくためには食が土台だと体感。あらためて、「生きているとはどういうことだろう」をテーマにかんがえうごく場「空-くう-」を主宰。