シガアル セイカツ

知命

他のひとがやってきて
この小包の紐 どうしたら
ほどけるかしらと言う

他のひとがやってきては
こんがらかった糸の束
なんとかしてよ と言う

鋏で切れいと進言するが
肯(がえん)じない
仕方なく手伝う もそもそと

生きてるよしみに
こういうのが生きてるってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
沢山のやさしい手が添えられたのだ

一人で処理してきたと思っている
わたくしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで

茨木のり子 「知命」

—・—・—・—・—・—*:・゜

今日は、けいこさんとふたりでシガアルセイカツ。

私が読んだのは茨木さんの「知命」。

知命とは、50歳のことなのだそうだ。

論語 為政
「子曰、吾十有五而志乎学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩」「五十にして天命を知る」。子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども矩(のり)を踰えず(こえず) 。

「四十にして惑わず」を、能楽師の安田登さんは
「40歳で、枠を外す」と解釈した。
「惑うことがない」ではなく、「思い込みを外す」ということだ。

 

今年に入って、ほんとうにたくさんの言葉を交わしている。
なので、私としては「あれ、まだ3月だったの?」という感覚だ。

ひどくくたびれた心地もするけれど
この詩を選んであらためて思う。

人と相対していくのは、
なかなかにくたびれることではあるけれども
私がここまで生きてこられたのもそのように、
多くの人からなにげなく手が添えられてきたからこそだなと。

私がしていることも、さりげない手でありますように。


ABOUT ME
知詠
近畿大学農学部食品栄養学科卒業。研究テーマは「カビ」。卒業後は、食品会社で研究職。乳製品もどきを分析したり開発したりで6年半。1995年の阪神淡路大震災をきっかけに身一つでできることをしようとマッサージをはじめる。2001年アメリカ、エサレン研究所にてトレーニングを受け、ボディワークをはじめる。同じ頃にはじめた気功で「自然が先生」という教えに出会い、ひとのからだとこころのふしぎについて考えつづけている。2017年、子宮体癌4b診断。標準治療をはじめるのと同時に食事を見直し、あたらしい細胞をつくっていくためには食が土台だと体感。あらためて、「生きているとはどういうことだろう」をテーマにかんがえうごく場「空-くう-」を主宰。